ベイブリッジや横浜港が一望できるみなとみらいの中でも一等地である、みなとみらい20街区。

改めて記載しますが場所は写真のうち赤線枠内にある空地で、20街区のうち9400㎡の土地がリゾートトラスト株式会社に売却されようとしています。

売却価格が相場よりもかなり安いのではないかということも掘り下げて検証していますが、東日本大震災が起きた2011年12月に20街区(赤線枠の底辺と右側面にある道路)を神奈川県の「第1次緊急輸送道路」に指定された道路を廃道にしてしまうことも看過できない話です。

横浜市で緊急輸送道路が廃道された事案は過去になく、しかも、この緊急輸送道路は写真右上の、震災時に緊急物資や復旧資材などの海上輸送を行う耐震バース・岸壁に直結しています。

http://nagashimakazuyoshi.com/policy/scenario_09/
(政策集「横浜2021シナリオ 第1案」防災・減災に強いまちづくり)

上記、横浜2021シナリオ第1案の防災・減災の項にも記載しましたが、今後30年以内に震度6弱以上に襲われる確率は、横浜市は全国の県庁所在地では78%と最も高い数値となっています(東京都は46%)。

横浜市は写真の赤枠の上のラインと左側面のラインの道路が残るので、アクセス機能は担保されるということを主張していますが、機能が半減することは間違いないですし、わずか6年ほど前になぜ第1次緊急輸送道路に指定したのか。

その整合性は問われますし、防災・減災への取り組み姿勢の後退という批判には戸を立てられないはずです。

写真右上の耐震バース・岸壁への緊急物資や復旧資材を運ぶ道路なのです。

また、1995年の阪神・淡路大震災では、私は当時、フジテレビの報道記者として現場取材をしました。

小学校の体育館に着の身着のまま避難した老夫婦がいらして、ご主人が床ずれが出来てなかなか眠れないという話を聞いてこちらも心痛めましたこともありました。

しかし、阪神・淡路大震災では豪華客船など4隻が避難所に活用され、大活躍したという話を聞いていましたが、その発案者が実は横浜市民の本田さんという方。

本田さんには大災害時での客船活用の有効性には直接話を伺っていましたので、東日本大震災のときも発災後すぐに首相官邸に豪華客船の活用を提案しましたが、このときは津波が被害を甚大にしていたので実現が難しく途中から提案をトレーラーハウスの活用に切り替えました。

ただ、横浜港の場合は内湾のため、横浜2021シナリオには「大型客船やトレーラーハウスの調達が可能となるよう、関係機関と防災協定を結び、有事に備えます。」と記載しているのです。

防災・減災への取り組み姿勢の後退という観点からも、不可解な土地取引は市長選挙前に行なってはいけないと異論を唱えたいと思います。

そんな話を今日も、横浜駅で市民のみなさんに訴えてゆきます。